愛宕念仏寺の情報ページ

歴史を知れば面白さ倍増!嵯峨野巡りは愛宕念仏寺から始めよう

歴史を知れば面白さ倍増!嵯峨野巡りは愛宕念仏寺から始めよう

嵐山駅より乗車、「愛宕寺前」バス停を下車するとすぐ愛宕念仏寺に
到着します。
ココを起点にすれば帰りは下り道。
嵯峨野巡りの出発の場所として、うってつけなのではないでしょうか?!
『愛宕念仏寺』は、どんな歴史を辿ってきたお寺なのか?!
前知識があれば、より興味深くお寺を見て周ることができるはずです。
ココでは、愛宕念仏寺の歴史を紐解いていきたいと思います。
◆創建されたのは8世紀中頃のこと
称徳天皇が京都・東山、現在の六波羅蜜寺近くに『愛宕寺』として
建てたのがはじまり。
その後、荒れ寺と化していたこのお寺。
近くを流れる鴨川の洪水によって堂宇を流失していました。
◆千観内供の手によって復興
もはや廃寺同然という状態のこのお寺は、醍醐天皇の命により復興されることと
なりました。
復興を命じられたのは、天台宗の千観内供。

この千観が念仏をいつも唱えていたことから、その名を『愛宕念仏寺』と改め
ました。
しかし、その後は興廃を繰り返しました。
最後は本堂、地蔵堂、仁王門を残すばかりとなったのだとか。
◆移築、そして再度の復興へ
1922年それらを移築して、現在の場所での復興を目指しましたが失敗。
あまりにも荒れ果てていたため、天台宗本山から1955年に住職を命じられた
西村公朝も、引き受けるのをためらうほどだったのだとか。
ココで清水寺貫主・大西良慶の一言が状況を一変させます。
「それだけ傷んでおれば、草一本むしりとっても、石一つ動かしても、
おまえは復興者、復興者やといってもらえる。わしも手伝ってやるから」
この言葉で、西村は仏師として全国を飛び回りながら、この荒れ果てた
お寺の整備に着手する決意をしたのです。
愛宕念仏寺の象徴ともいえる『昭和の羅漢彫り』が始まったのは1981年の
こと。
10年の歳月をかけて1200体に達したのだそうです。

このように、荒廃を繰り返しながら、現在の姿になるまで、色々と紆余曲折を
経て今に至ります。
羅漢像ばかりがクローズアップされがちなお寺ですが、こうした歴史を
知る事でまた違った角度からお寺見物を楽しむことができるのではないでしょうか?!


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