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愛宕念仏寺 再興住職 西村公朝氏について

愛宕念仏寺 再興住職 西村公朝氏について

愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)の前住職であり仏像彫刻家
の西村公朝氏についてお話してみたいと思います。

 

西村氏は37歳で得度して僧侶となり、40歳で愛宕念仏寺
に住職として任命されています。
ではその前まではどうされていたのでしょうか?
実は西村氏は現在の東京芸術大学を卒業し、高い彫刻の
技術を持つ人物で「最後の仏師」と呼ばれるほどの彫刻の腕前を
持っていました。
1945年に中国からの出征から戻った西村氏は
まず三十三間堂の修復に始まり美術院国宝修理所の所長に就任、
全国各地の仏像を修理しています。

 

愛宕念仏寺の住職となってからは、京都一の荒れ寺、と言われた
その荒廃した寺の立て直しに尽力し、前職によって売り払われて
しまった千手観音の38本の手をすべて彫り直し、塗り直し、
完全に修復したのです。

 

そんな仏師の第一人者として一般参拝者に「羅漢像を彫って
みませんか?」と羅漢像を掘り、それを奉納して供養する
という案を提案し後に1200体までの羅漢が境内を埋めつくす
という偉業を遂げたのです。
昭和に作られたその羅漢さま達は、もちろん西村氏の手ほどきを
受け、それぞれが思い思いのものを作り上げたことは有名です。

 

また1994年からは釈迦十大弟子を制作し、十大弟子の
最後の一人を彫り上げたのちに亡くなりました。
西村氏が仏師として修復した仏像は、平等院阿弥陀如来など
有名無名のものすべて合わせて1300体以上あり、
その半生は僧侶と仏師の二束わらじをはきつつ愛宕念仏寺
を立派に復興させました。

 

そもそも彼がなぜそこまでしたのかと言えば、
出征先の中国、戦場で壊れた仏像の数々を見てきたからだと
言います。
何万という仏像たちのために出来ることを必死で行い
償い続けたいという気持ちがあったからなのでしょう。

 

愛宕念仏寺の境内には西村氏の制作した「ふれ愛観音」が
安置されていますが、これは全盲の女性との出会いにより
「触れることで感じてほしい」とふれ愛観音を制作した
ということなのです。普通のお寺では当然ですが仏像は
触ってはいけないものです。ですが、触ることで初めて
心に触れる人がいること、そういう方のことも大切にしたいという
西村氏の暖かい心が伝わるエピソードですよね。

 

そうして再興した愛宕念仏寺、改めて仏像を見ると
西村氏の深い思いが伝わってくるような気がしますよ。


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